次回の放送は2017年1125日(土)1600分からだよ!みてね♪

スタッフブログ

松本 龍(まつもと りゅう)のオフィシャルブログ

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(2) 阿南里恵さん がんとの闘い

Dr.テレビたん担当の 松本 龍です。

23歳で子宮頸がんを発症し、手術で子宮を全摘し、
その体験をもとに がんの啓発をされている、
日本対がん協会 企画事業の阿南里恵さんがKKTに来てくれました。
阿南里恵さん
「子宮頸がん」 についてKKTにて社内勉強会を行いました。
昨日に引き続き、阿南里恵さんのお話しをブログでご紹介します。
社内勉強会
「病気を治して、また東京に戻る。」 そう決意を固めた阿南さんは、
国立がん研究センター中央病院からの紹介状を持って、
実家のある大阪の、大阪府立成人病センターで精密検査を受けました。
がん治療
腫瘍が大きすぎるため、化学療法で腫瘍を小さくする必要がありました。
「手術ができるかどうかわからない。
お腹を開けてみて手術が出来ない時はそのまま閉じます。」と言われ、
初めて 「死ぬこと」 を考えました。
みんなに忘れられるのが 「怖い」
私が存在しなかったように忘れられるのが 「怖い」
「絶対大丈夫!」 と言われることが 「重荷」 だった。
そんな中 「お前が死んでも絶対忘れへんから安心しろ!」と
言われたことに勇気を持った。 そしてお母さんに、
「私が死ぬことを覚悟してほしい」 と話をし、
「抗がん剤」 の 化学療法を始めました。
抗がん剤
ご飯の匂いで吐きそうになる。
体がだるくて起き上がれない。
生きているのかどうかもわからない。
坊主がおる
抗がん剤の治療は、23年間生きてきた中で、
こんなに辛い思いをしたことがないくらい、体は動けなくなっていました。
通常は 「ウィッグ (かつら)」 を抗がん剤治療の前に準備するのですが、
抗がん剤の治療で髪が抜けると思っておらず、「もしかしたら抜けないかもしれない」
と思い準備しなかった。
そのうち、髪の毛がバサバサ抜けてきた。
でも、抜けても抜けても髪の毛は残っています。
髪の毛は思っている以上に生えているが、手で髪をかきあげると、
ごそっと抜ける。 ドラマで見るあのまんま。
1回シャンプーをするだけで排水溝は詰まり、
ドライヤーで髪を乾かすと周りは、抜け落ちた髪の毛だらけ。
髪の毛が抜けるのを見るのが精神的につらくて
このままだと 「自分がもたない」 と思い、
閑古鳥が鳴くような美容院を探して、髪の毛を剃ってもらいました。
はじめは、髪の毛を短く揃えられましたが、
「どうせ抜けるから剃ってください」 とお願いしたそうです。
自宅に戻り、お母さんが帰宅するなり、
「いやぁー、坊主がおるー。 よう似おうてるやん」 と言ってくれて
「せやねん。美容室のおばちゃん。女の子の髪の毛剃ったの、
はじめてやから言うて、1000円まけてくれてん」 と会話しました。
1000円まけて
明るくお母さんは言ってくれましたが、後で聞いた話ですが
お母さんは自分を責め続けていました。同じ年頃のおしゃれをした女の子を
見るたびに 「なんでうちの子が」 と毎日毎日泣いていたそうです。
坊主頭になった私を見て、必死に涙をこらえて明るく振舞っていてくれました。
おしゃれが大好きだった私が、
ジーパン、Tシャツ、トレーナーに、帽子・・・。 元気はありませんでした。
「母は私が元気でいることがこんなにうれしいんだ。
もっと前向きにがんばらなきゃ。」 と強く思い、ウィッグを着用して
前みたいなおしゃれを始めたそうです。
でも、抗がん剤による化学療法も効果が上がってきたものの、
手術日が近づくにつれて、不安になってきました。
「手術をして子宮を取ったらもう子供が産めなくなる。
 子宮を残したら、自分ががんで死んでしまう。
 23歳の私にとってこんな選択をなんでしなければ
 ならないんだろう。生きていく意味はあるのだろうか・・・」
阿南さんは手術の前の日 実家を飛び出します。 家出です。
何も考えず、東京行きの新幹線に乗り、
そのまま借りていたアパートの部屋でひたすら泣きました。
母から携帯に何回も着信がくるも電話を取りませんでした。
メールで
<母さん、ごめん。 東京に来ちゃった。
 りえ、手術する覚悟ができてないねん。手術がどうこうじゃなくて、
 子供を産めなくなることに対して。 入院までには戻るから、
 それまで1人にしてほしい>
と書きました。 
すると、メールなんて打ったことない母から
 <りえ、信じられないけど東京なのですね。
 人間、生きてるだけでまるもうけ。子供が産めない人でも、
 親の愛情が受けられない子供のために、きっと何かして
 あげられるとお母さんは思います。
 りえのことは、お母さんの命があるかぎり応援したいと
 思います。思いきり力いっぱい笑えるときまで、
 
がんばってくれませんか。お母さんとお父さんのためにも>
と私がメールを送って2時間後にお母さんからのメールが届きました。
母は渾身の思いでメールを書いてくれたんだと思います。
大阪に戻り、手術を受けました。
社内勉強会
明日のブログでは、阿南さんの手術後について
引き続き、社内勉強会の様子をご紹介します。

KKT!医療ナビDr.テレビたん